冨永愛は制服写真で人生激変!辛く貧しい幼少期とは?

2019年『グランメゾン東京』へ出演し、その圧倒的な存在感で

人々を魅了した冨永愛さん。

実は壮絶な幼少期を送っており、17歳の時に制服で撮られた

1枚の写真が人生の転機となったようです。

冨永愛さんの壮絶な過去と制服写真の背景を紹介したいと思います。

冨永愛の制服写真が撮られた背景

制服のスカートをこれでもかというほど短くして

自力でダブダブに伸ばしたというルーズソックス。

ラルフローレンのカーディガンにローファー姿のギャル。

179㎝の日本人離れしたスタイルに制服のスカートから伸びた

驚くほど長い脚。

その日自前の制服姿でスタジオにふらりと現れた冨永さんを

写真家レイモンド・メイヤーは『そのまま撮影しよう』

ノーメイクのまま撮影。

その写真が冨永愛さんの人生を変える1枚となりました。

冨永愛制服写真で人生が変わる以前は

神奈川県相模原市で三姉妹の次女として生まれた冨永愛さん。

三姉妹は全員父親が違い、家には常に知らない男性が出入りしていたそうです。

母はほとんど家におらず、たまにいる時にはお酒の匂いがしていて、

完全なネグレクト状態だったそう。

冨永さんは中学生時代から175㎝と背が高く、「宇宙人」と言われたり、

靴に画びょうを入れられたりとひどいいじめも受けていたそうです。

自殺未遂も起こした愛さんですが

母親に相談しても全く親身になってくれず、絶望したんだととか。

「自分のことが嫌いで、コンプレックスだらけだった」という愛さん。

高身長を活し自分を変える為にモデルの世界に飛び込みます。

高身長ゆえのいじめから常に疎外感を感じていたという冨永愛さんは

モデルという仕事に出会えて初めて自分の居場所を見つけたそうです。

15歳でデビュー、ティーン誌『プチセヴン』で活躍。

雑誌に載った制服姿の写真が海外のファッション関係者の目に留まり、話題となりました。

冨永愛は制服写真で人生激変

写真が評判を呼び17歳でニューヨーク・コレクションでデビュー。

ラルフローレンなど人気ブランドのショーに

相次いで出演が決まり大ブレーク。

しかしその裏でも、やはり苦労は尽きなかったようです。

海外で頼れるのは自分だけ、移動や宿泊、オーディションを受けるのもすべて一人。

言葉の壁、生活習慣の違いに加え、今度はアジア人ということで

モデルの世界でも差別や偏見を受けたそうです。

そんな状況でもさまざまな壁を乗り越えることが出来たのは

『自分を見下した人間や母への復習怒り』だったそう。

その後ファッション界の最高峰パリ・コレクションを初め

ニューヨークやミラノなど、世界の名だたるショーに出演して

世界のトップモデルとして活躍できたのは

そういった負の原動力だったのかもしれません。

まとめ

モデルになるべくして生まれたようなスタイルだけみると

恵まれた人生だったように思われる冨永愛さん。

こんな壮絶な過去があったなんて想像も出来ませんでした。

辛い過去があるから今の自分がいるということは何物にも代えがたい

自身となって冨永さんを輝かせてくれているのかもしれません。

今後の冨永愛さんの益々の活躍が楽しみですね!

最後までお読みいただきありがとうございました。

ABOUTこの記事をかいた人

hanakeiko

青森県出身のアラフォー主婦です。秋田、新潟、福島、宮城と移り住み現在は、宮城ライフを満喫しています。もともと体が弱く子育てしながら家事をこなすことが辛かったので、パーソナルトレーナーさんに1年間、食事と筋トレのアドバイスをしてもらい、体質改善に成功しました。体調が良くなり精神的にも安定したので、最近は瞑想にハマって毎日充実した日々を送っています。